一定期間更新がないため広告を表示しています
あにめかんしょうその4(ネタバレ注意!)
(前提:都合で前編を見ていません。月曜日(15日)のレイトショーに間に合わなかった模様。たぶん見に行く予定は今後もない)
素直に泣いたというのがまずひとこと。
いちいち鳥肌たっちゃう人間なんですが、終盤はやっぱりいいものだなあ。
「本編と変わらないじゃん」で片づけるにはもったいないほどに、細かな部分の変更や、敢えて変更のない部分が存在しています。
「敢えて」のひとつとして10話パート(過去話)はアフレコの変更なしだったそうな。どおりでティヒヒが変わってなかったわけだ…!!
そのあたりはパンフ見ないとわからないことも多かったり。映画前にパンフは見るなと言われたけどその通りだったと思う。
「コネクト」を本編どおり二度流したりしているところを見るとなんだか映画を見に来たというよりは「まどマギを見に来た」という謎の印象を受けました。
なんていうんだろう。本編に忠実な部分が多いという意味を持っていながら、総集編であるのでどうしても急がなければならないという状況の中で「まどマギ」という要素から絶対に抜かすことのできない部分をしっかりとやった、というような。
なのは見てからのこれだからなおさら強く思うのかもしれませんが、後編は時間をふんだんに使っていてよかったなアと。
ただvs人魚戦で杏子がさやかに語りかけてる時に
本編だとグラデーション?が混ざり合う表現があってすこぶるいいなと思ってたけどそれが無かったのが気になるなあ…なんて思ったりもしました。
セリフも展開も変わらないのにどうしたん?って感じです。
そして、やっぱりアルティメットまどかは良い販促ダナーと思いながらも泣けるという…。
神々しい。魔法陣のセンスが良すぎて本当に好きだわ。予約特典だけ欲しい((
あんまり語るのもばかばかしくなるほどかっこいいです。「かっこよすぎて涙出た」。
ツイートで「魔女という概念が消えるのならば、魔法少女の終焉は魔女化ではなく死に他ならないのだからまどかは『死神』と捉えられても不自然ではなく、哀しいもの」ってのが流れててなるほどなと思いました。
が、
本編でもそうですが魔法少女は笑顔で最期を迎えて消滅していました。
それは「希望の肯定」「絶望の否定」をまどかさんがしてくれたからで、決して死を告げにくるだけではなく、単純な「死」以前に、絶望を抱いたまま終わる・(べつのなにかに)変わってしまう少女たちへの救済…という解釈を自分はしています。
だからこそ途方もない道を覚悟の上で進む…本当に中学生の取る道か?!
空白くんとも話していたことなんですが、登場人物の進歩を感じます。
なのはだとフェイトちゃんが適当やってるだけで(失礼)、なのはさんは戦闘狂だし はやてちゃんは聖人君子という具合で完成されちゃってるんですよねw
まどマギではそうじゃなくて、悩みながら、進歩しない自分を「卑怯」なのではとすら疑いながら進む様子がとても印象深い。特に「ママ」と密接にかかわることが他のアニメにはなかったのかも。
まどかの魔法陣をすごく気に入ってるのは、
ふつう魔法陣って術者を囲うもののはずなのに、外へ外へと広がっていくさまを示しているよう見えるからなんですよね。実際は知らんけど、そうだといいな。
●同じカテゴリの最新記事
- ひだまり4期11話が神(2012.12.18)
- あにめかんしょうその5(2012.12.03)
- あにめかんしょうその3(2012.10.12)
- あにめかんしょうその2(2012.08.18)
- あにめかんしょうその1(2012.07.16)
- Comment
- Add Comment
- Trackback URL
- Trackback
- Profile
-
ブログをはじめた日 2009/07/19
最新の記事更新日 2014/02/26
書いた記事 1000件
- Links
- ●相互リンク募集してますよ〜
- Mobile
- モバイルページもあります。
- Powered